ギャラリートークのお知らせ

 今年も滋賀大学附属図書館貴重書展示コーナーで、ギャラリートークを開催することになりました。図書館の案内ページはこちらです。滋賀大が所蔵している、コンドルセ夫人訳・フランス語版・アダム・スミス『道徳感情論』(1798年)解説をします。今回から学外者も参加可能となりました。皆様のお越しをお待ちしています。

貴重書展示 アダム・スミス『道徳感情論』

滋賀大学附属図書館貴重書コーナーの展示替えを行いました。2023年春の展示は、アダム・スミスの『道徳感情論』です。本学が所蔵する、1798年のフランス語版と1869年の英語版を展示しています。新入生の皆さんにぜひ見ていただきたいと思います。また2回生以上の学生さんは、春学期開講の私の授業「経済学史」で『道徳感情論』の内容と背景について説明をしますので、その際に、この展示に足を運んでください。展示の様子はこちらです。

以下が、私の解説文の抜粋です。

「経済学の父」アダム・スミス(Adam Smith, 1723⁻1790)の最初の著作は、『道徳感情論』(初版1759年)である。スミスがこの著作で取り組んだのは、利己的な個人が、権力介入のない自由な社会の中で、平和的に共存することは可能かという問題であった。「共感」と「公平な観察者」の概念を用いて、人々の自己規制による社会秩序の成立を論じた『道徳感情論』によって、スミスは国際的な名声を確立した。現在、経済学の世界では、『国富論』(初版1776年)の方が有名ではあるが、『道徳感情論』のもつ様々な意義が活発に再評価されている。『道徳感情論』の刊行後、1764年から貴族の家庭教師として大陸を旅行したスミスは、フランスの哲学者や経済学者たちと交流したが、思想家のコンドルセ(Marie Jean Antoine Nicolas de Caritat, marquis de Condorcet, 1743-1794)は、このときスミスに注目し、後に夫人に本書を翻訳するように勧めた。コンドルセ夫人(Sophie de Grouchy, Marquise de Condorcet) は、知識人として知られ、当時のフランスには珍しく、英語に堪能であった。彼女は『道徳感情論』の翻訳を、スミスの「共感」概念を批判する「書簡」と共に出版した。これは、フランス革命による社会の大変動を経て、スミスを評価しつつもその理論をそのまま受け入れるわけにはいかなかった、フランスの当時の状況を物語っており、興味深い。

次回の展示替えは9月を予定しています。

リヨンでセミナーを開催しました

 2023年2月22日、フランスのリヨンでセミナーを開催しました。テーマは、“Compatibility of Efficiency and Fairness : How Walras has been Misunderstood ?” (効率と公正との両立:ワルラスはどのように誤解されてきたのか?)です。( プログラムはこちら)

このセミナーの目的は、2024年にRoutledge社から刊行予定の私の著作 Léon Walras’s Economic Thought : The General Equilibrium Theory in Historical Perspective ( レオン・ワルラスの経済思想:歴史的観点からの一般均衡理論)の序章の内容を紹介することです。

 ワルラスは純粋・応用・社会経済学という3つの分野からなる自らの経済学体系によって、効率と公正との両立という極めて現代的な課題に挑もうとしていました。しかしながら20世紀には、ワルラスの意図は誤解され、純粋経済学(一般均衡理論)の理論的発展のみに力点が置かれました。ワルラスは決して単純な個人主義者、自由主義者ではなく、国家と個人の領域の区別や国家の市場介入について積極的に提言を行っています。そして純粋経済学では経済主体の満足極大化行動を前提としつつ、社会経済学においては人間性についてより深い考察を行っていました。セミナーでは、このような内容を中心に、この本のねらいと各章の要約を示しました。

 私を招聘してくれたのは、Rebeca Gomez Betancourt リヨン第2大学教授です (セミナー後に一緒に食事を楽しみました:上の写真)。セミナーには同大学の大学院生の皆さんやリヨン政治学院の学生さんが参加してくれました。私が長年お世話になっている、Jean-Pierre Potierリヨン第2大学名誉教授からは、私の本の構想そのものについて有益なコメントをたくさんいただき、うれしかったです。 またフランスの経済学史学界の重鎮 Ramon Tortajada教授が、特別ゲストとしてわざわざグルノーブルから参加してくださり、中身の濃い議論を交わすことができて、感激しました。

 このセミナーの成果を十分に生かし、少しでも良い本に仕上がるよう努力したいと思います。

(追記)2023年4月20日 本セミナーの報告は、滋賀大学経済経営研究所のディスカッションペーパー(No.E-24)として公刊されました。

ワルラス『社会経済学研究』日本語訳の刊行

御崎加代子・山下博訳『ワルラス社会経済学研究』が2023年2月5日に、日本経済評論社より刊行されます。出版社による紹介ページはこちらです。

ワルラスの大著『社会経済学研究』(初版1896年・2版1936年)は、重要な著作であるにもかかわらず、長い間翻訳がなされませんでした。2010年にワルラス没後100年を記念してやっと英訳が出版されました。今回の翻訳は初めての日本語訳です。これほど長い間翻訳がなされなかったのは、パレートやシュンペーターなど後継の経済学者たちから否定的な評価を受けたことも原因ですが、テキストの難解さが決定的な理由として考えられます。この日本語訳も、完成に10年かかりました。

 一般均衡理論の創設者ワルラスがどのように生涯、社会正義の実現に取り組んだのか、ワルラスの情熱を生々しく伝える著作です。この著作の中でワルラスは、公正と効率の両立とその実現という極めて現代的なテーマに挑んでいます。たしかに難しい内容ですが、できるだけわかりやすい訳を心掛けました。ぜひ多くの皆さんに手に取っていただきたいと考えています。

 

(追記)この本の出版については、滋賀大学経済学部のHPでも紹介されました。記事はこちらです。

『組織科学』招待論文「ワルラスからシュンペーターへ―アントレプレナーシップの歴史的・思想的背景―」

 2022年12月20日に公刊された『組織科学』第56巻2号に私の論文が掲載されました。特集号「拡張するアントレプレナーシップ研究~源流とフロンティア~」への招待論文です。

御崎加代子「ワルラスからシュンペーターへ―アントレプレナーシップの歴史的・思想的背景―」『組織科学』第56巻2号(2022年12月)pp.4-14.

 この論文の目的は、イノベーション論の元祖とされるシュンペーターの企業者概念の特徴と意義を、彼が最も影響を受けた経済学者ワルラス、さらにはその源流に位置するJ.Bセーやカンティロンなど、フランスにおける企業者概念の歴史から考察し、現代のアントレプレナーシップ論の歴史的・思想的背景を明らかにすることであり、経営学においてシュンペーターとよく比較されるカーズナーの企業家論についても、ワルラス批判という観点から考察しています。内容は、2021年12月の日本ベンチャー学会での講演を発展させたもの(記事はこちら)です。

私がこれまで取り組んできたフランス経済学史とアントレプレナーシップをとりまく思想史の研究成果が、経営学のトップジャーナルに掲載され、たいへんうれしく思うとともに、本テーマの学際的な広がりと発展可能性に大いに刺激を受けました。研究をさらに深めてゆきたいと考えています。

なおこの論文については、滋賀大学のHPでも紹介 されました。

(追記)2023年3月1日 本論文はJstageで公開されました。