Presentations

国際ワルラス学会 AIW 2019 Lausanne での報告を終えて

 2019年9月13-14日にスイスのローザンヌ大学で開催された、第10回国際ワルラス学会 (The 10th Conference of the International Walras Association ) への参加を終えて、帰国しました。(プログラムはこちらです

 ローザンヌ大学のキャンパスは、郊外のレマン湖のほとりにあります。環境保護のため、キャンパス内には羊が放牧されていて、のどかな雰囲気です。

学会が行われたChâteau de Dorignyは、19世紀に、この土地を所有していた一族が建てた風情のある館です。

学会のテーマは、「ワルラスは新古典派か?」 « Walras—Neoclassical? » On Walrasian Historiographyでした。私は日本で初めてワルラスの翻訳を出版した経済学者、早川三代治の思想について報告をしました。

“Was Miyoji HAYAKAWA (1895–1962), the first Japanese translator of Walras, a neoclassical economist? “. (内容の一部をResearch Gate で公開しています)

 ワルラスやパレートがローザンヌ大学(旧ローザンヌ・アカデミー)で教えていたころ、校舎は、ローザンヌ旧市街にありました。1909年にワルラスの経済学者生活50周年記念祭(Jubilé) が行われたリュミーヌ宮(Palais de Rumine)は、現在、博物館と美術館になっていて、豪華な内部を、自由に見学することができます。リュミーヌ宮の横には、ワルラスをローザンヌに招いたスイスの政治家Louis Ruchonnet(1834-1893)の銅像があります。50周年記念祭で、ワルラスはこの政治家にちなんで「リュショネと科学的社会主義」という記念講演を行いました。

 またその記念祭の際に作られたワルラスのメダルは、旧ローザンヌ・アカデミー(Ancienne Académie de Lausanne)にあります。このメダルには、「レオン・ワルラスに。1834年エヴルーに生まれる。ローザンヌ大学教授。経済均衡の一般的条件を最初に確立し、それゆえ『ローザンヌ学派』の創設者となった。50年にわたる無私の研究をたたえて。」という碑文が添えられています。

 旧アカデミーは、16世紀に建てられた美しい建物ですが、現在は中学校の校舎として使われています。今回は、訪問したのが日曜日だったため、残念ながら中に入れずメダルの撮影はできませんでした。

 国際ワルラス学会の第1回目が開催されたのは1999年のパリで、今回は記念すべき10回目でした。名誉なことに私は、ローザンヌ大学ワルラス=パレート研究所長のBaranzini教授と共に、次期の副会長に選ばれました。実は、9月14日は私の誕生日で、ダブルで皆さんにお祝いしてもらい、とてもうれしかったです。

 本学会も世代交代が進み、多くの若い研究者の皆さんに参加してもらうために、いかに魅力的な学会に改革してゆくのかが、今後の課題です。次回の学会は日本で開催する可能性が高いです。日本の多くの研究者の皆さんが参加されることを祈っています。

ESHET 2019 Lille での報告を終えて

5月23日から25日まで、フランスのリールで開催された The European Society for the History of Economic Thought の年次大会(学会のサイトはこちら)での報告を終えて、帰国しました。

 学会が開かれたリール政治学院(Sciences Po Lille) は、フランスのエリート養成機関グランゼコールのひとつで、いろいろな点で格式の高さを感じました。歴史的な建築がモダンな要素と美しく融合した校舎でした。

私はこの大会の一日目に、イスナールとワルラスに関する論文 ”Numéraire, Workers, and the Tax system: Was Isnard a precursor of Walras?”を発表しました。(詳しい内容についてはこちらの記事)。この論文の内容に最も関係する、 Richard Van den Berg氏ご本人にもセッションに来ていただき、有益なコメントがもらえました。また大会三日目には、 Amos Witztum 教授( London School of Economics)の論文 Equilibrium: Coordination of what? Smith, Walras and Modern Economics の討論者も務めました。

 3日間の学会スケジュールはいろいろな行事が盛り込まれ、とてもハードでしたが、フランスが会場だったこともあり、食事がとてもおいしかったです。ランチもきちんと一人ずつサーブしてもらい、立食形式ではなくテーブルに座ってゆっくりと食べられました。前菜からデザートまで大満足でした。

 ホテルから学会会場まで、毎日20分程度歩いて通いました。日が長いので夜の9時を過ぎても明るかったです。ただリールの旧市街は迷路のようになっていて、毎日どこかで迷子になりました(笑)。

 今回のフランス出張の最大の収穫は、実に数多くの研究者たちと交流ができ、影響を受けることができたことです。これを糧に、また次の研究プロジェクトに取り掛かりたいと思います。

ESHET 2018 Madridでの報告を終えて

2018年6月7日から9日までスペインのマドリッドで開催された、European Society for the History of Economic Thought(ESHET) の第22回年次大会での論文報告を終えて帰国しました。

会場となったマドリッド・コンプルテンセ大学は15世紀に設立された由緒ある大学で、18世紀にはいち早く女性に博士号を与えたことでも知られています。今回の学会は、郊外にあるSomosaguasキャンパスで開催されました。マドリッド中心部からは地下鉄やトラムを使って移動する必要があり、少し不便でした。

私は二日目のセッションで、‟Léon Walras on the Worker-Entrepreneur”(詳しい内容はこちら)という論文を発表しました。聴衆はそれほど多くありませんでしたが、制限時間内にすべて返答できないほど、多くのコメントと質問がありました。予想していた通り、この論文は、J.B.セーの専門家にとってたいへん興味深かったようです。

学会のディナー・パーティは、服飾博物館内にある有名レストラン Café de Orienteで開催されました。スペインの夕食は一般的に遅いのですが、このディナーも9時に始まりました。6月は日が長いので夜9時でもまだまだ明るかったです。1時間ほどは戸外でアペリティフを楽しみ、コース料理が始まったのは10時頃、デザートを終えると12時を過ぎていました。この夜はたいへん寒かったうえ、慣れない深夜の食事で胃腸が悲鳴をあげそうでした。

学会開催中、多くの研究者たちと再会し、また新たに知り合った研究者たちと研究情報を交換することができました。新たなプロジェクトへの誘いも受け、私の研究活動にとってはたいへん有意義な機会となりました。

ただ今回の出張は、帰国便が航空会社の突然のストでキャンセルになるなど、様々なハプニングに見舞われ、正直言って疲れ果ててしまいました。日本に帰って来れてほっとしています。

ESHET 2018 Madrid大会で報告します

2018年6月7日から9日までスペインのマドリッド・コンプルテンセ大学で、European Society for the History of Economic Thought(ESHET) の第22回年次大会が開かれます(大会HPはこちら)。今回の共通テーマはEntrepreneurship, knowledge and employmentです。

私はこの大会で、”Léon Walras on the Worker-Entrepreneur” という論文を報告することになりました(報告論文サイトはこちら)。ワルラス一般均衡理論における企業者利潤ゼロの仮定は、ワルラス・モデルの非現実性を象徴するものとして知られていますが、そこにこめらた現実的な意図はほとんど知られていません。この論文では、ワルラスが一般均衡理論を完成する前にとりくんだアソシアシオン(協同組合)運動の構想や、晩年の未発表メモなどを手掛かりに、企業者機能を兼ねる労働者について、ワルラスがどのような議論を展開しているか、考察します。これは、マルクスなどの同時代の社会主義者たちの利潤論に対するワルラスの批判や、ワルラスの企業者論に大きな影響を与えたとされるJ.B.セーとワルラスの議論の本質的な違いを理解するための重要な鍵になると考えています。

さて6月のヨーロッパは、日が長く、過ごしやすい天気で、花も満開です。このような美しい季節にマドリッドを訪れるのはとても楽しみです。

ESHET 2017 Antwerpでの報告を終えて

2017年5月18日から20日までアントワープで開催された、ESHET (European Society for the History of Economic Thought ) の年次大会での報告を終えて帰国しました。

2017-05-21 14.07.31

ヨーロッパで一番美しい駅として知られるアントワープ中央駅

 学会が開催されたアントワープ大学は、由緒ある歴史的建築の校舎に囲まれた大変美しいキャンパスでした。残念ながら、大会開催中はずっと小雨が続きました。

私は、ワルラスがスミスの『国富論』をどう読んだかという問題を扱った論文 “Léon Walras on The Wealth of Nations— What did he learn from Adam Smith?” を発表しました。討論者のJ.P.Potier教授や、セッションに参加した皆さんから貴重なコメントをいただきました。

また David Andrews教授の“Laissez faire and the rationality of nature: A critique of Michel Foucault’s interpretation of Adam Smith”という論文の討論者も務めました。大きな学会では、必ずしも自分の専門テーマではない論文の討論者に振られることもあり大変ですが、勉強になることも確かです。(学会プログラムはこちらです)

学会最終日のパーティは、アントワープ市庁舎で行われました。市庁舎の外観や広場の眺めも素晴らしいですが、内部の絢爛豪華な装飾は息をのむほどの美しさでした。特に市庁舎の大きな窓から眺めるアントワープの聖母大聖堂は圧巻でした。アントワープ市民は普通、この部屋で結婚の手続きをする際にのみこの光景を見ることができるという説明をうけました。

3日間の学会で、ヨーロッパの多くの研究者たちと再会し、また新しく知り合った研究者たちとも有益な議論ができました。これをきっかけに、また新たな国際共同研究プロジェクトが始まることを期待しています。