Commentary

貴重書展示 近代統計の父ケトレ『人間論』『社会体制論』・プゥシェ『フランス統計論』

滋賀大学附属図書館の貴重書展示コーナーの展示替えを行いました。2018年春の展示は、統計学の古典3点です。

近代統計の父とされるケトレ(Quételet)の主著『人間論』の1869年増補版(Physique sociale, ou, Essai sur le développement des facultés de l’homme, 2 vols, Bruxelles : C. Muquardt, 1869)、同著『社会体制論』(Du système social et des lois qui le régissent, Paris : Guillaumin, 1848)、プウシェ(Peuchet)『フランス統計論』1801年初版( Essai d’une statistique générale de la France, Paris : Chez Testu, [1801])を展示しています。データサイエンス学部の新入生の皆さんに特に注目してほしい展示です。

 

以下、私の解説文の抜粋です。

 ケトレ(Lambert Adolphe Jacques Quetelet, 1796-1874)は、19世紀のベルギーで活躍した数学者、天文学者、統計学者、社会学者である。1835年に出版した主著『人間について(Sur l’homme et le développement de ses facultés, ou essai de physique sociale)』は、統計学と確率論を道徳科学に適用したことで後世に大きな影響を与えた。彼は、ベルギーとオランダの政府のために、犯罪や死亡などに関する統計を収集・分析し、国勢調査の改善を考案した。社会現象にも物理現象と同様に統計的法則性が存在するというケトレの考えによって、人間の自由意志はどのように位置づけうるのかという問題に関して、社会科学者たちの間で大論争が起こった。今回展示するのは、本図書館が所蔵するケトレの著作のうち『人間論』の増補版(1869)と、『社会体制論』(1848)である。この1869年の増補版は、『人間論』初版と、タイトルの語順が入れ替わっている。

 また革命後のフランスで、国勢調査の重要性を主張した、ジャック・プゥシェ(Jacques Peuchet, 1758-1830)の『フランス統計論』(初版1801年)も同時に展示する。この小論は同時に商業事典にも収録されたが、この冊子体そのものは印刷部数が限られ、当時の政府官僚にのみ行き渡った非常に珍しいものであるとされている。

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ジャック・プゥシェ『フランス統計論』(1801)

展示の様子はこちらです。次回の展示替えは、9月を予定しています。

貴重書展示 レオン・セー『フランスの財政』(1883)と自筆書簡

 滋賀大学附属図書館の貴重書展示コーナーの展示替えをしました。

 2017年秋の展示は、レオン・セー著『フランスの財政』( Say, Léon, Les finances de la France : une année de discussion du 15 décembre 1881 au 20 décembre 1882, Paris : Guillaumin, 1883 ) と、セーが本書を統計学者Alfred de Foville(1842-1913)に献呈する際に添えた自筆書簡です。

 この書簡を紹介する私の論文が7月に公刊されたことについては、すでにこのサイトでもお知らせしました。

 

以下が、貴重書展示コーナーでの私の解説文の抜粋です。

  レオン・セー(Léon Say, 1826-1896)は、フランスの自由主義経済学者、実業家、政治家であり、「セー法則」で有名な経済学者J.B.セー(Jean Baptiste Say,1767-1832) の孫にあたる。彼は、フランスの財務大臣を3回務め(1872年-73年、1875年-79年、1889年)、日本銀行の設立にも大いに影響を与えた人物として知られる。 
 滋賀大学附属図書館は、レオン・セーの著書『フランスの財政―1881年12月15日から1882年12月20日までの1年間の議論』(1883)を所蔵している。本書に添えられた書簡から判断して、これは、著者のレオン・セーが、同時代の著名な統計学者アルフレッド・ド・フォヴィーユ(Alfred de Foville, 1842-1913)に献呈したものであることが判明した。書簡の文章からは、レオン・セーがと16才年下の統計学者ド・フォヴィーユに対して、敬意と親近の情を抱いていたことが感じられる。

 

  展示の様子はこちらです。 今回は、レオン・セーが編纂した『新経済学辞典』第2版(Nouveau dictionnaire d’économie politique, publié sous la direction de M. Léon Say et de M. Joseph Chailley, 2e éd. Paris : Félix Alcan, 1900)も同時に展示しています。

 貴重書コーナーの次回の展示替えは、2018年3月を予定しています。

資料紹介 Léon SayからAlfred de Fovilleへの書簡(1883)

『彦根論叢』(滋賀大学経済学会)の最新号(2017年夏号 412号)に、私の資料紹介論文「滋賀大学図書館蔵 Léon Sayから Alfred de Foville への書簡(1883)」が掲載されました。(オンラインジャーナルはこちら

lettre de Leon Say a Foville_ページ_3

著者 Léon Say から de Foville に献呈された『フランスの財政』(1883)

Léon Say (1826-1896)は、フランスの有名な自由主義経済学者で、フランスの財務大臣を3回務めました。明治時代初頭、日本銀行の設立にも大いに影響を与えた人物として知られています。

Léon Say 著の『フランスの財政』(1883)を数年前に科研費で購入したところ、その本には Léon Sayの自筆書簡が添えられていました。しかしそれが誰宛てなのかがどうしても解読できませんでした。今年の1月に、リヨン第2大学のJean-Pierre Potier教授に会ったときにこの書簡のことを相談したところ、著名な統計学者 de Foville宛のものだということがわかったのです。そしてその書簡の内容から、この本は Léon Sayから de Fovilleに献呈したものであることが明らかになりました。つまりこの本は、de Foville の蔵書だったのです。このことをツイッターで発信したところ、de Fovilleの子孫であるパリ在住の若者からメッセージが届くという、興味深いハプニングもありました。

貴重書展示 コンドルセ『人間精神の進歩に関する歴史的展望の素描』(1795)

滋賀大学付属図書館の貴重図書コーナーの展示替えをしました。2017年春の展示は、コンドルセの遺作『人間精神の進歩に関する歴史的展望の素描』(Esquisse d’un Tableau Historique des Progrès de l’Esprit Humain. S.I., s.n., 1795)です。

 コンドルセが支援したとされる、ルーシェによるアダム・スミス『国富論』の仏語訳 (Recherches sur la nature et les causes de la richesse des nations, traduites de l’anglois de M. Smith, sur la quatrième édition, par M. Roucher. Paris: Chez Buisson, 1790-1791)も同時に展示しています。

以下は、私の解説文の抜粋です。

コンドルセ(Condorcet, Marie-Jean-Antoine Nicolas de Caritat, 1743-1794) は18世紀のフランスで活躍した啓蒙思想家である。その業績は多岐にわたり、数学者(特に確率論)、黒人奴隷の解放論の先駆者、チュルゴの経済改革の協力者、近代的な公教育制度の立案者などとしても知られる。
 今回展示するのは、コンドルセの遺稿となった『人間精神の進歩に関する歴史的展望の素描』である。コンドルセは、この中で、理性、科学、技術、社会、人間の無限進歩を確信しており、本書は、啓蒙思想の最後を代表する著作として、後世に影響を与えた。
  マルサスが『人口論』(1798)で、このコンドルセの進歩論に真っ向から反論する形で、議論を展開していることはよく知られている。

滋賀大学経済学部の2017年春学期の講義では、私の担当する「経済学史」でアダム・スミスとマルサスをとりあげます。受講する皆さんはぜひこの貴重書コーナーにも注目してください。

なお本展示に関する図書館のウエッブページはこちらです。次回の展示替えは9月を予定しています。

貴重書展示 マンデヴィル『蜂の寓話』仏語版初版(1740)

滋賀大学付属図書館では、年に2-3回、経済学の古典の展示をしています。展示図書の選定と解説は、私が担当しています。2016年秋の展示は、マンデヴィル『蜂の寓話』(仏語版初版1740)です。

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17世紀のオランダに生まれ、後にイギリスに移住した開業医マンデヴィル(Bernard de Mandeville, 1670-1733)は、1705年ロンドンで『蜂の寓話』を発表した。それは、最初匿名で出版されたが、瞬く間に人気を博し、多くの版を重ねた。本書の副題は、当初「悪漢化して正直ものとなる」であったが、1714年以降は「私悪は公益」となった。マンデヴィルは、個人のレベルでは悪徳とされるものが結果として社会的な利益に結びつくことを主張し、当時のイギリス社会を風刺したのであるが、これがセンセーションを引き起こし、一時は危険思想ともみなされた。本書は、18世紀のイギリスだけでなくヨーロッパの多くの思想家たちに影響を与え、フランスではモンテスキューやヴォルテールなどが刺激を受け、活発な論争が繰り広げられた。ぜいたくを追い求める人々の欲望が労働需要を生み出し、社会的な効用を生み出すというマンデヴィルの示したパラドックスは、利己的な個人の経済活動に基づく自由主義経済を、先駆的に表現したものとして現代では評価されている。利己心が意図せざる結果として公益に結びつくことを主張した、スミスの「見えざる手」への影響を強調する解釈もある。ただし、スミス自身は『道徳感情論』の中で、悪徳と徳の区別を問題にしないマンデヴィルの主張を「危険な傾向をもつ」ものとして批判している。

展示の詳しい様子は、滋賀大学図書館のお知らせページをご覧ください。本書は来年の3月まで展示予定です。滋賀大学図書館に来られる機会があれば、展示コーナーをぜひのぞいてみてください。

なお、この本の選定と解説にあたっては、米田昇平氏の『経済学の起源-フランス 欲望の思想』(2016)に大いに啓発されました。本書についての私の書評は『経済学史研究』(2017年1月号)に掲載される予定です。