滋賀大学付属図書館では、年に2-3回、経済学の古典の展示をしています。展示図書の選定と解説は、私が担当しています。2016年秋の展示は、マンデヴィル『蜂の寓話』(仏語版初版1740)です。
マンデヴィルといえば「私悪は公益」という言葉があまりにも有名で、その主張は、アダム・スミスの「見えざる手」とともに、自由主義経済思想の起源として位置づけられています。マンデヴィルとスミスの考え方は似ていると考えている人たちもいますが、実際にはそれほど単純ではないようです。以下、私の解説文を抜粋します。
17世紀のオランダに生まれ、後にイギリスに移住した開業医マンデヴィル(Bernard de Mandeville, 1670-1733)は、1705年ロンドンで『蜂の寓話』を発表した。それは、最初匿名で出版されたが、瞬く間に人気を博し、多くの版を重ねた。本書の副題は、当初「悪漢化して正直ものとなる」であったが、1714年以降は「私悪は公益」となった。マンデヴィルは、個人のレベルでは悪徳とされるものが結果として社会的な利益に結びつくことを主張し、当時のイギリス社会を風刺したのであるが、これがセンセーションを引き起こし、一時は危険思想ともみなされた。本書は、18世紀のイギリスだけでなくヨーロッパの多くの思想家たちに影響を与え、フランスではモンテスキューやヴォルテールなどが刺激を受け、活発な論争が繰り広げられた。ぜいたくを追い求める人々の欲望が労働需要を生み出し、社会的な効用を生み出すというマンデヴィルの示したパラドックスは、利己的な個人の経済活動に基づく自由主義経済を、先駆的に表現したものとして現代では評価されている。利己心が意図せざる結果として公益に結びつくことを主張した、スミスの「見えざる手」への影響を強調する解釈もある。ただし、スミス自身は『道徳感情論』の中で、悪徳と徳の区別を問題にしないマンデヴィルの主張を「危険な傾向をもつ」ものとして批判している。
展示の詳しい様子は、滋賀大学図書館のお知らせページをご覧ください。本書は来年の3月まで展示予定です。滋賀大学図書館に来られる機会があれば、展示コーナーをぜひのぞいてみてください。
なお、この本の選定と解説にあたっては、米田昇平氏の『経済学の起源-フランス 欲望の思想』(2016)に大いに啓発されました。本書についての私の書評は『経済学史研究』(2017年1月号)に掲載される予定です。